
公園に着いたのは、確か午後2時を少し回ったころだった。
駐車場から芝生広場までの道のりで、すでにリードを引っ張る柴犬の力強さに腕が悲鳴を上げている。春先の日差しが思ったより強くて、上着を脱いでベンチに置いたまま忘れて帰ることになるのは、この時点ではまだ知らない。風が心地よくて、木々の隙間から差し込む光が地面に不規則な模様を描いている。こういう日に限って、なぜか仕事のことを思い出してしまうのが不思議だけど。
リードを外した瞬間、柴犬は弾丸のように駆け出した。
あの加速力、何度見ても笑ってしまう。耳が後ろにぴたりと倒れて、尻尾が風になびいて、全身で「自由だ!」って叫んでいるみたいだ。追いかけっこをしようと走り出すと、当然のように置いていかれる。人間の脚力なんて、犬の前では無力。息が切れて立ち止まると、柴犬はこちらを振り返って、まるで「遅いなあ」とでも言いたげな顔をする。その表情が妙に人間くさくて、つい「お前な」って声に出して突っ込んでしまった。
ボール遊びを始めたのは、自分が走るのに限界を感じたからだ。近所のペットショップ「わんわんパラダイス」で買った黄色いテニスボールを投げると、柴犬は目にも留まらぬ速さで追いかけていく。でも持ってこない。これが柴犬あるあるで、ボールをくわえたまま、微妙な距離を保ってこちらを見つめてくる。「投げろ」って顔してるくせに、近づくと逃げる。この駆け引きが楽しいのか、それとも本当に意地悪なのか。たぶん両方だと思う。
そういえば、昔飼っていた金魚のことを思い出した。小学生のころ、夏祭りですくってきた金魚を、なぜか「ポチ」って名付けたんだよね。犬の名前を金魚につけるセンス。今思うと意味がわからないけど、当時は真剣だった。その金魚、結局三日で死んでしまって、小さな庭に埋めた記憶がある。生き物を育てるって、簡単じゃないんだなって初めて知った瞬間だったかもしれない。
柴犬が急に立ち止まって、何かの匂いを嗅ぎ始めた。地面に鼻を押し付けて、クンクンと熱心に情報収集している。犬にとって匂いは、人間でいうSNSみたいなものらしい。誰がいつここを通ったのか、何を食べたのか、そういう情報が全部詰まっているんだって。想像すると面白い。人間も匂いで会話できたら、満員電車は地獄だろうけど。
芝生に寝転がってみると、空がやけに広く感じる。雲がゆっくり流れていて、形が刻一刻と変わっていく。柴犬は私の隣に座って、同じ方向を見ている。何を考えているんだろう。犬にも哲学的な瞬間ってあるのかな。それとも、ただ次のおやつのことを考えているだけかもしれない。そんなことを考えていたら、突然顔を舐められて、慌てて起き上がった。草の匂いと犬の匂いが混ざって、なんだか懐かしい気持ちになる。
遠くで子どもたちが遊ぶ声が聞こえる。若いカップルがベンチで並んで座っていて、老夫婦が散歩している。公園って、いろんな時間が同時に流れている場所だと思う。それぞれが違う物語を抱えて、でも同じ空の下にいる。柴犬はそんなこと気にせず、また走り出した。追いかけながら、スマホのことも、明日の予定のことも、全部どこかに置いてきた気がする。
帰り道、柴犬は疲れたのか、さっきまでの勢いが嘘みたいにゆっくり歩いている。舌を出して、ハアハアと息をしながら、それでも時々立ち止まって匂いを嗅ぐのを忘れない。そういうところ、本当にマイペースだと思う。
結局、上着をベンチに忘れたことに気づいたのは、家に着いてからだった。まあいいか、また明日取りに来れば。柴犬は水をがぶ飲みして、床に倒れ込むように寝転がっている。満足そうな顔してるから、今日は良い日だったんだろう。
私もそう思う。


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