
柴犬を飼おうと思ったのは、たぶん3年前の秋だった。
ペットショップのガラス越しに見た、あのくるんと巻いた尻尾。耳がぴょこんと立って、こっちをじっと見つめる黒い瞳。「ああ、これは運命だ」って本気で思ったんだけど、今思えばあれは完全に一目惚れの錯覚で、現実はもっと泥臭くて、もっと予想外のことばかりだった。
最初に驚いたのは抜け毛の量。いや、柴犬が抜け毛多いっていうのは知ってたつもりだったんだけど、知ってるのと体験するのは全然違う。換毛期になると、部屋中が毛だらけになる。掃除機をかけても、かけても、気づいたら床に毛の塊が転がってる。コロコロは1週間で1本使い切るペースで、もはや消耗品の中でも最上位ランク。洗濯物にも毛がつくから、黒い服なんて着られない。友達が家に来るたびに「犬飼ってるの?」じゃなくて「毛、すごいね」って第一声になるレベル。
それと、柴犬って意外と頑固。
「日本犬は忠実」みたいなイメージがあったけど、忠実っていうより「自分のルールに忠実」って感じ。散歩のコースは絶対に自分で決めたがるし、嫌なものは嫌って態度を全身で表現してくる。特にシャンプーの時なんて、もう完全に拒否モード。お風呂場の前で踏ん張って、全力で後ずさりする。体重10キロちょっとの生き物が、こんなに重く感じるなんて思わなかった。力比べに負けそうになって、結局おやつで釣るっていう情けない飼い主になってる自分がいる…だけど。
そういえば去年の夏、近所に「ドッグラン・ハッピーテール」っていう施設ができて、初めて連れて行ったことがあった。他の犬と仲良く遊ぶ姿を想像してたんだけど、うちの柴犬は隅っこで一人で座ってるだけ。たまに他の犬が近づいてくると、「来るな」って顔でそっぽ向く。社交性ゼロ。飼い主としてはちょっと恥ずかしかったけど、まあそれも個性かなって思い直した。人間だって人付き合い苦手な人いるし。
吠え方にも癖がある。柴犬特有の「ワンワン」じゃなくて、「ワォーン」みたいな、ちょっと遠吠えっぽい鳴き方をする時がある。最初は「これ、どこか痛いのかな」って心配したけど、調べたら柴犬あるあるらしい。早朝5時とかにやられると、近所迷惑が心配で冷や汗かく。防音対策とか、真剣に考えた時期もあった。窓を二重にするか、それとも引っ越すか、本気で悩んだ。
食事に関しても神経使う。柴犬ってアレルギー持ちが多いらしくて、うちの子も鶏肉がダメだった。最初は普通のドッグフードあげてたんだけど、耳の内側が赤くなって、やたら掻くようになった。動物病院で血液検査したら、鶏肉アレルギーって判明。それからフード選びが大変で、成分表とにらめっこする日々。ラム肉ベースとか、魚ベースとか、試行錯誤してようやく合うものを見つけた。値段も普通のフードの1.5倍くらいするから、財布には優しくない。
運動量も想像以上に必要。朝晩の散歩は必須で、1回30分は最低ライン。雨の日も、風の日も、自分が疲れてる日も関係ない。犬を飼うって、自分の生活リズムを犬に合わせるってことなんだって、飼ってから気づいた。旅行も気軽に行けなくなるし、飲み会も早めに切り上げることが増えた。
でも不思議なもので、大変なことばかり書いてるけど、後悔はしてない。
夜、ソファに座ってると、隣にちょこんと座ってくる。別に何かしてほしいわけじゃなくて、ただそこにいる。その存在感が妙に落ち着く。仕事で嫌なことがあった日も、玄関開けたら全力で尻尾振って迎えてくれる姿を見ると、「まあ、いっか」って思える。計算とか損得とか、そういうの全部抜きで、ただそこにいてくれる。
柴犬を飼うって、たぶんこういうことなんだと思う。大変なことは山ほどあるし、予想外のトラブルもしょっちゅう起きる。でも、それでも一緒にいたいって思える瞬間がある。それだけ。


コメント