柴犬が家族の真ん中にいる生活って、思ってたのと全然違った

Uncategorized

ALT

うちに柴犬が来たのは三年前の秋だった。

最初は「犬のいる暮らし」なんて、もっとこう、絵に描いたような穏やかな風景を想像してたんだけど。実際は毎朝6時に鼻先で起こされて、リビングには抜け毛が舞い、ソファの角はガジガジされ、家族のLINEグループは「散歩誰が行く?」「ごはんあげた?」みたいな業務連絡で埋まる日々になった。でもなんだろう、この妙な充実感は。

名前はハチ。ありふれてるって? そう、わかってる。でも父親が「日本犬ならハチだろ」って譲らなくて、母と私が「もっとおしゃれな名前がいい」って抵抗したんだけど、結局子犬のつぶらな瞳に負けた。今となっては、このずんぐりした体型にハチ以外の名前は考えられない。

家の中でのハチの存在感はすごい。別に何をするわけでもないのに、いるだけでリビングの空気が変わる。私が在宅で仕事してるときは足元で丸くなってるし、母が料理してるときはキッチンの入り口で期待に満ちた顔で座ってる。父が帰ってくると玄関まで猛ダッシュ。家族それぞれに対する態度が微妙に違うのも面白くて、観察してると飽きない。

この前、深夜2時くらいに喉が渇いて起きたことがあって。真っ暗なリビングを通ってキッチンに向かったら、ハチがソファの上で寝てた。本当は上がっちゃいけないルールなのに。月明かりで見えたその寝顔が、もう完全に「バレてない」って顔で熟睡しててさ。笑いをこらえながら水を飲んで、見なかったことにして寝室に戻った。翌朝、ソファには柴犬特有の茶色い毛がびっしり残ってて、母が「また上がってる!」って怒ってたけど、私は黙ってた。

家族の会話が増えたのは間違いない。以前はそれぞれ自分の部屋にこもりがちだったのに、今はハチを中心にリビングに集まる時間が自然と長くなった。「今日ハチがこんなことした」「散歩中に他の犬に吠えられた」「爪切り嫌がって大変だった」。どうでもいい話ばかりなんだけど、そのどうでもよさが心地いい。

ただ正直に言うと、ハチが来る前の静かな生活も悪くなかったと思う時がある。掃除の手間は確実に増えたし、旅行の計画も立てにくくなった。夏の暑い日にエアコンつけっぱなしにする電気代とか、定期的な病院代とか、地味に家計を圧迫してる…だけど。

そういえば去年の冬、私が風邪でダウンしてた時の話。熱でぼーっとしながらベッドで横になってたら、ハチが部屋に入ってきて、ベッドの横にぴったりくっついて寝てくれたんだよね。普段は私の部屋にあまり来ないのに。犬って体温高いから、じんわり温かくて。あの時の安心感は今でも覚えてる。別に何かしてくれたわけじゃない、ただそこにいてくれただけなんだけど。

家族それぞれがハチに対して持ってる役割も面白い。父は散歩担当で、朝の出勤前に必ず近所を一周する。母は健康管理とごはん担当。私は…まあ、遊び相手? たまにブラッシングもするけど、基本的に一緒にダラダラしてるだけかもしれない。でもこの分担が、変に家族の結びつきを強くしてる気がする。「ハチのために」っていう共通の目的があると、自然と協力するようになるんだよね。

リビングのカーペットには、ハチ専用のブランケットが敷いてある。「ペットリラックス」っていうブランドの、洗えるやつ。最初は専用の犬用ベッドを買ったのに、結局家族の近くにいたいらしくて、そのベッドは物置と化してる。無駄な買い物だったけど、まあいいか。

夕方6時になると、ハチは時計でも見てるのかってくらい正確にごはんを要求してくる。キッチンの前で座って、じっと母を見つめる。その視線の圧がすごくて、母が「わかったわよ」って苦笑いしながら準備を始める光景は、もう完全にうちの日常。

犬と暮らすって、世話が大変とか、責任が重いとか、そういう話をよく聞くけど。実際そうなんだけど、それ以上に「なんか家にいるのが楽しい」って感覚が増えた。帰宅したときに尻尾振って迎えてくれる存在がいるだけで、一日の疲れが少し軽くなる。大げさかもしれないけど、本当にそう思う。

これを書いてる今も、ハチは私の足元で寝息を立ててる。たまに寝言なのか、小さく「クーン」って鳴く。夢でも見てるんだろうか。

柴犬と家族と家の中。特別なことは何もない、ただそれだけの毎日なんだけどさ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました