
秋の朝、窓から差し込む淡い光の中で、茶色い小さな体がそわそわと動いている。うちの柴犬、むぎは今日も元気だ。朝ごはんがまだだと分かっているのか、キッチンとわたしの間を何度も往復している。
柴犬と暮らし始めたのは、三年前の十一月のこと。近所の「タマガワドッグパーク」に初めて連れていった日、むぎはリードを引っ張りながら全速力で駆け出し、わたしは見事にコケた。泥だらけのズボンを見下ろしていると、むぎが一瞬だけこちらを振り向いた。その顔が「あ、転んだ」と言いたげで、なんとなく笑えた。
活発で、いたずら好きで、ソックスを隠すのが趣味らしい。でも、わたしが体調を崩して一日中布団にいた日、むぎはずっとそばを離れなかった。犬特有のやわらかな体温が布団越しに伝わってきて、その重みがどこかほっとさせた。言葉はなくても、ちゃんとわかっているのだと思う。
子どもの頃、犬が怖かったわたしがこんなふうに柴犬と暮らすとは想像もしていなかった。毎朝、むぎの冷たい鼻が頬に触れる瞬間、今日も始まると感じる。その小さな儀式がなければ、朝がどこか物足りない気がしてならない。
飼い主に忠実な犬だと、よく言われる。柴犬の目は、まっすぐで揺るがない。そのまなざしにどれだけ救われてきたか、数えることが難しいほどだ。一緒に生きているという感覚が、こんなにも確かなものだとは思っていなかった。


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