
うちに柴犬が来たのは、確か梅雨の終わりかけだった。
最初の一週間は、正直言ってみんな戸惑ってた。犬を飼うって決めたのは父親の一存で、母は「散歩は誰がするの」って何度も聞いてたし、妹は「インスタ映えする」とか言ってたけど実際に来たら「意外と普通」とか失礼なこと言ってたし。私? 私はそもそも猫派だったんだけど、まあ家族会議で負けた。民主主義って残酷だよね。
で、その柴犬——名前は「まる」っていうんだけど、これがまた想像以上に我が強い。柴犬ってもっとおとなしいイメージだったのに、ソファの定位置は絶対に譲らないし、ご飯の時間が五分でも遅れると鼻を鳴らして催促してくる。朝の六時半、まだ薄暗い時間帯に私の部屋のドアをガリガリやって起こしに来るのも日課になった。最初は腹立ったけど、今はもうアラーム代わりになってる。人間の適応力ってすごい。
リビングの様子が変わったのは、たぶん秋口あたりからだと思う。それまで家族がリビングに揃うなんて、夕飯の時くらいだった。父は書斎にこもるし、妹は自分の部屋でずっとスマホいじってるし、母はキッチンで一人でドラマ見てるし。私も自室で本読んでる方が好きだったし。
ところがまるがいると、なんとなくリビングに人が集まるようになった。別にまるの世話をするためとかじゃなくて、ただ「まるがいるから」っていう理由だけで。妹は床に寝転がってまるの腹を撫でながらYouTube見てるし、父は新聞読みながら片手でまるの頭を撫でてるし、母はソファに座ってまるの寝顔を眺めながら編み物してる。私はクッションに寄りかかって文庫本開いてるんだけど、気づいたらまるの背中に足を乗っけてたりする。まる、重くないのかな。
そういえば前に飼ってたハムスターのことを思い出した。小学生の時に縁日で取ったやつ。名前も覚えてないんだけど、あれは完全に私だけのペットで、家族の誰も興味持たなかった。ケージを私の部屋に置いてたから、リビングとは無縁の存在だったんだよね。半年くらいで死んじゃって、一人で泣いた記憶がある。
まるの話に戻ると、面白いのは会話が増えたこと。「まる、また靴下くわえてる」とか「まる、さっきから同じとこ掻いてるけど大丈夫かな」とか、まるを話題の中心にした他愛ない会話。それがきっかけで「そういえば明日の夕飯どうする?」とか「週末どっか行く?」とか、自然に別の話に広がっていく。まるは何も喋らないのに、まるのおかげでみんなが喋るようになった。不思議なもんだ。
冬になって暖房つけるようになってから、まるはコタツの中に潜り込むのが好きになった。で、コタツに入るためにはリビングにいないといけない。だから必然的に家族全員がコタツを囲むことになる。年末年始なんて、久しぶりに家族でボードゲームとかやった。まるはコタツの中で丸くなって寝てるだけなんだけど、その存在がなんていうか、場を柔らかくしてくれてる感じがする。
まるが来る前は、リビングってただの通過点だった。玄関から自分の部屋に行くまでの廊下の延長みたいな。でも今は、リビングが家の中心になってる。まるの水入れがあって、まるのおもちゃが転がってて、まるの毛がソファにくっついてて。掃除は大変になったけど、それも含めて生活してる感じがする。
春先にまるが体調崩した時は、家族みんなで心配した。動物病院に連れて行ったのは父だったけど、待ってる間ずっと家族LINEが動いてた。「先生なんて言ってた?」「ご飯食べた?」「今寝てる?」って。結局大したことなくて、ただの食べ過ぎだったんだけど。
最近、妹が「まるがいなかったら、私たちってこんなに一緒にいなかったよね」ってぽつっと言った。リビングの床に寝転がって、まるの耳を触りながら。
そうかもしれない。でもそれがいいことなのか、ただの偶然なのかは、正直よくわからない。ただ、今日もまるはソファの定位置で丸くなってて、私はその隣で本を読んでる。それだけのこと。


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