
うちの柴犬、家の中だとほんとダラダラしてる。
玄関のドアを開けた瞬間から切り替わるんだよね。散歩中はピンと立った耳で周囲を警戒して、すれ違う人にも吠えたりするくせに、家に入った途端にリビングの定位置へ一直線。そこでため息みたいに「ふぅー」って鼻から息を吐いて、床にべったり伏せる。その姿を見るたび、ああこれが本当の姿なんだなって思う。外ではずっと気を張ってるんだろうな。
家族がリビングに集まる夕方の時間帯が、うちの柴犬にとっては一番落ち着くらしい。父親がソファでテレビを見て、母親が台所で夕飯の支度をしてる音が聞こえて、私がローテーブルでスマホをいじってる。その真ん中あたりに柴犬が寝そべって、誰が動いても薄目で様子を伺ってる。完全に寝てるわけじゃなくて、家族の動きを全部把握してるんだよね。冷蔵庫を開ける音がすると、もしかしたらおやつかもって顔を上げるし、玄関のチャイムが鳴ると一応吠えるけど腰は上げない。そういう「家モード」の柴犬を見てると、こっちまでリラックスしてくる。
この前、友達が「犬って飼い主に似るっていうけど本当?」って聞いてきたことがあって。
正直わからないけど、うちの柴犬は確実に家族の生活リズムに染まってる。朝は誰よりも早く起きて、私の部屋のドアの前で待ってる。カリカリって爪が床を引っ掻く音で目が覚めるんだけど、ドアを開けると満足そうに階段を降りていく。別に急いで散歩に行きたいわけじゃなくて、ただ「みんな起きた?」って確認したいだけみたい。で、父親が起きてくるまでリビングでまた寝る。この無駄な儀式、もう三年くらい続いてる。
柴犬って頑固だってよく言われるけど、家の中だとむしろ空気を読みすぎてる気がする。家族が険悪なムードのときは、誰にも近寄らずに廊下の隅っこにいたりするし、逆に楽しそうに話してるときはしっぽ振りながら輪の中に入ってくる。言葉がわかってるわけじゃないだろうけど、雰囲気は完璧に察知してる。母親が体調悪くて寝込んでたときなんて、一日中その部屋の前で伏せてたからね。番犬っていうより、家族の体温計みたいな存在になってる。
そういえば去年の夏、エアコンが壊れて修理業者を待ってる間、家族全員が暑さでぐったりしてたことがあった。柴犬も例外じゃなくて、フローリングの一番冷たそうな場所を探してベターッと張り付いてた。あの日は誰も喋らなくて、ただ扇風機の音だけがリビングに響いてて、柴犬も含めてみんなが「早く涼しくなれ…」って念じてた。あのときの連帯感、妙に覚えてる。犬も人間も暑いのは平等に嫌なんだなって。
家の中での柴犬の居場所って、季節で変わるのも面白い。冬はストーブの前を陣取って、誰が近づいても絶対に譲らない。夏はさっき言ったみたいにフローリング。春と秋は窓際で日向ぼっこ。その様子を見てると、ああこの子もちゃんと季節を感じてるんだなって思う。人間みたいにカレンダーで日付を意識してるわけじゃないけど、光の角度とか気温とか、体で季節を理解してる。
家族の誰かが帰ってくると、玄関まで迎えに行くのもうちの柴犬の日課。ただ、迎え方に差があるのが面白くて。父親のときは尻尾をブンブン振って飛びつきそうな勢いなのに、私が帰ったときはチラッと見るだけで「あ、帰ってきたんだ」くらいのテンション。母親に至っては、台所にいるまま顔も上げない。完全に家族内ヒエラルキーができてる。別に悲しくはないけど…ちょっと悲しい。
夜、家族がそれぞれの部屋に戻ったあと、柴犬はだいたい一階のリビングで寝る。たまに夜中にトイレで起きて階段を降りると、暗闇の中で柴犬の目が光ってて一瞬ビビる。向こうも「なんだ、お前か」みたいな顔してまた寝る。あの瞬間の、お互い無言で確認し合う感じ、嫌いじゃない。
家の中で柴犬と一緒に過ごしてると、別に特別なことが起きるわけじゃないんだけど、なんとなく日常が成立してる感覚がある。いてもいなくても同じかって言われたら違うし、いなきゃ困るかって言われたらそうでもないし。でもいる。それだけ。

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