柴犬がいる家の空気は、なんていうか独特なんだよね

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うちに柴犬が来てから、家族の距離感が妙に変わった。

最初に気づいたのは、リビングに人が集まる時間が増えたことだった。以前は夕飯が終わったらみんなバラバラに自分の部屋へ戻っていたのに、今は誰かしらがソファに残っている。別に会話が弾んでいるわけじゃない。ただ柴犬の茶々丸が床でゴロゴロしているのを眺めながら、スマホをいじったり本を読んだりしている。それだけ。でも確実に、家族が同じ空間にいる時間は長くなった。

茶々丸は生後3ヶ月でうちに来た。母親が「犬を飼いたい」と言い出したのは去年の秋口で、父親は最初渋っていたんだけど、結局ペットショップに一緒に見に行ったら「この子がいい」って誰よりも先に決めたのは父親だった。人間ってそういうものかもしれない。

朝6時半。茶々丸の鼻息で目が覚める日が増えた。枕元まで来て、じっと顔を見つめてくる。散歩に行きたいわけでもなく、ただ起きてほしいらしい。仕方なく布団から出ると、嬉しそうに尻尾を振りながらリビングへ先導される。そこで待っているのは、すでに起きていた父親だ。定年後、父親の生活リズムは犬に合わせて朝型になった。二人で無言のままお茶を飲む。茶々丸は二人の間に座って、交互に顔を見上げる。

この前、大学時代の友達が遊びに来たときのこと。玄関を開けた瞬間、茶々丸が猛ダッシュで吠えながら突進していった。友達は完全に引いていた。「柴犬って人懐っこいんじゃないの?」って聞かれたけど、それは大きな誤解だ。柴犬は基本的に警戒心が強い。家族以外には簡単に心を開かない。うちの茶々丸も、宅配便の人には毎回吠えるし、散歩中に会う犬にもそっぽを向く。ツンデレというより、ただのツンかもしれない。

そういえば昔、実家で金魚を飼っていたことがある。小学生のとき、夏祭りの金魚すくいで取ってきたやつ。名前は「キンちゃん」。安直すぎる命名センス。あれは3日で死んだ。水槽の掃除をサボったからだと母親に怒られた記憶がある。あのときはペットを飼うことの責任なんて考えもしなかった…けど。

茶々丸の世話は思ったより大変だった。散歩は雨の日も行かなきゃいけないし、抜け毛の量は想像を超えていた。換毛期になると、掃除機をかけてもかけても毛が舞う。ソファの隙間、カーペットの奥、洗濯物にまで柴犬の毛が紛れ込む。母親は「もう嫌だ」と言いながらコロコロを転がし続けている。でも、その手は優しい。

夜、家族でテレビを見ているとき。茶々丸は決まって妹の足元で寝る。なぜか妹だけを特別扱いする。妹は高校生で、部活が忙しくて帰りが遅い日も多いんだけど、玄関の音がすると茶々丸は飛び起きて迎えに行く。妹が「ただいま」と言う声に反応して、尻尾を激しく振る。その光景を見るたび、ちょっと嫉妬する。俺だって毎日散歩に連れて行ってるのに。

犬がいると、会話の内容も変わる。「今日の茶々丸、散歩中に変な歩き方してた」とか「さっきソファの下に潜り込んで出てこない」とか、そういう些細な報告が増えた。LINEのグループチャットも茶々丸の写真で埋まっている。母親が撮った寝顔、父親が撮った散歩中の後ろ姿、妹が撮った変顔。家族の共通言語が、いつの間にか茶々丸になっていた。

この間、動物病院で待っている間に隣に座っていた老夫婦と話した。その人たちも柴犬を飼っていて、もう12歳だという。「最初の頃は大変だったけど、今はこの子がいないと生活が成り立たない」と笑っていた。12年後、うちもそうなるんだろうか。想像がつかないけど、たぶんそうなる気がする。

茶々丸は今、窓際で日向ぼっこをしている。午後の光が毛並みを照らして、少し眩しい。家族はそれぞれ別のことをしているけれど、ときどき誰かが茶々丸の方を見る。そういう瞬間が、一日に何度もある。それだけのことなんだけど。

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